教室のご案内

教室の歴史

産婦人科学教室の125年

明治5年粟田口青蓮院に療病院を開設し、先きに招いたドイツ人医師ヨンケル(Junker von Langegg)を教師として医学の教育を始めたのが京都府立医科大学の淵源です。
当時、各地に開設された医学の教育機関では東京を除き、主としてオランダ人医師を招いて教師としていたのに対し京都府療病院医学校ではヨンケルの他、ドイツ人医師を教師とし、講義はすべてドイツ語をもって行うことを原則としていました。
明治13年、現在地に療病院を移転すると共に翌14年学校と病院の経営を分離し、京都府医学校が誕生。
明治17年、外科から分離して第4番目の専門診療科として産婦人科が創設され、初代の部長に武部隆太郎が任命されました。
時は流れ、大正10年(1921年)京都府立医科大学と改称され現在へと至っています。
当教室は、京都府立医科大学の歩みと共に非常に古く、その歴史は、120年余りをむかえています。

教室員の構成

教授 1名
准教授 2名
病院准教授 1名
講師 1名
学内講師 3名
助教 4名
病院助教 2名
大学院生 10名
専攻医 4名
合計 28名

院内ベッド

婦人科 60床
産科 22床

年間手術数、分娩件数

手術 約400件
分娩 約300件

歴代教授

初代 武部隆太郎 教諭

(自)明治17年9月~(至)明治20年2月 在任2年7ケ月

第2代 足立健三郎 教諭

(自)明治20年6月~(至)明治27年11月 在任7年5ケ月

第3代 高山尚平 教諭

(自)明治28年1月~(至)明治36年5月 在任8年5ケ月

第4代 秋元隆次郎 教諭

(自)明治36年5月~(至)大正3年7月 在任11年3ケ月

第5代 加治安信 教授

(自)大正3年9月~(至)大正14年11月 在任11年3ケ月

第6代 山田一夫 教授

(自)大正14年11月~(至)昭和28年6月 在任28年8ケ月

第7代 澤崎千秋 教授

(自)昭和29年3月~(至)昭和33年3月 在任4年1ケ月

第8代 徳田源市 教授

(自)昭和33年12月~(至)昭和45年9月 在任11年10ヵ月

第9代 岡田弘二 教授

(自)昭和46年3月~(至)平成7年3月 在任24年1ヵ月

第10代 本庄英雄 教授

(自)平成7年4月~(至)平成20年3月 在任13年

第11代 北脇 城 教授

(自)平成20年7月~現在